風呂から上がり、新聞を手に、テレビの前に座ってひと息ついていると、妻が小綺麗な紙袋を持ってきた。
何これ?何かの記念日だったっけ?今日って…と焦る僕に、妻は、馬鹿ねぇ!明日でしょ?透さんと会うのは。これは、裕美さんに渡してもらって。と吹き出した。
そうそう、そうだった。明日の晩は、久しぶりに帰国する透と、あいつが行きたいと言っている湯島の裏通りの小さな和食屋で会うのだ。
排水処理装置の大手のメーカーで技術職のリーダー格の透は、昨年から東南アジアの開発途上国に行っている。
入社当初から、自分が携わっている排水処理装置を一番必要としている国に実際に行って、自ら率先して動くのが目標だと話していた彼は、転勤話を、奥さんの裕美さんに一本の電話も入れずに、その場で承諾して、一躍社内で時の人になったのだった。
お前、奥さんに相談もなしでいいのかよ!?と僕の方が焦ってしまったが、透は平然と、いいんだよ。いつも話してる事だからさ。裕美もわかってくれてるんだ、と言い切った。
その言葉通り、透は単身赴任ではなく、裕美さんも長男の光君も伴って、熱帯の国へ旅立って行った。
湯島の和食屋に、約束の時間より少し遅れて到着すると、随分と日焼けした透が迎えてくれた。ごめんごめん、と汗を拭きふき座ると、東京の暑さ、酷い事になってるな。下手すると熱帯の俺らの所よりきついかも!と言うので驚いた。
何なに、そうなの?と食いついた僕に、透は向こうの暮らしぶりについて話し始めた。
長い夜になりそうだった。